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日付のタイミングが悪いですが、アンソロの後日談です。
途中まで書き溜めてましたが、最後の方はいろいろあって、なんとかオチに持っていった感じです。いろいろとごめんなさい!
タイトルは『待ちぼうけ』
つづきからどうぞ。
途中まで書き溜めてましたが、最後の方はいろいろあって、なんとかオチに持っていった感じです。いろいろとごめんなさい!
タイトルは『待ちぼうけ』
つづきからどうぞ。
『ゆうちゃん……おうちでそのコは飼えないの。元の場所に戻してあげたら、ほかの優しい人が拾ってくれるから』
『でも、おなか空いてるみたいだよ?』
『ワンちゃんはね、ごはんをあげると、ずっとついてきちゃうからダメなの。おうちで飼える人からごはんをもらった方が、ワンちゃんも幸せなのよ』
幼い日、仔犬を拾った遠藤は母親とそんなやり取りをした。
そのときは意味がわからず、ひたすら泣いて母を困らせたものだが、成長するにつれ、さすがにわかるようになる。
裕福でない我が家では犬を飼うことはできなかった。
そして、犬は人間に対して忠実な生き物である。エサを与えれば恩返しをしなくてはならないと思い込むらしいが、恩返しの機会が来るまで結局『恩人』が養わねばならない。
だから最後まで面倒を見れないのなら、絶対にエサをあげてはならないのだ。
だが……まさかこの歳になって、母親の言葉の正当性を思い知るとは思わなかった。
遠藤は心の中で母に詫びる。
――かあちゃん、すまんっ
生物学的には、霊長類ヒト属ヒト科であるのだから、教えには反していないはずだが、例え人の肉体を持ち、日本語をしゃべっていたとしても、彼が拾ったのは野良犬である。
犬の名前は伊藤開司。
なぜか一緒に夜の公園で掃除をし、労働の後、軽く一杯引っ掛けながら近況を聞けば、カイジは住所不定ほぼ無職。
一応、儲けさせてもらったこともあるため、仮にアルバイトでも職を探すには、定住場所が必要だろうと、建前上『社宅』で借り上げ、実情は多重債務者を一時的に囲っておいたボロアパートの一室が空いたため、後で家賃は取ると宣言した上で、住居を提供したのだが……
遠藤はニートという種類の人間を甘く見ていた。
いや、カイジの『ダメ男』の部分を甘く見ていたというべきだろうか。
……働かないっ……びた一文働かないっ
いや、びた一文は言いすぎであろう。ちゃんと家事はしているのだ。
もし遠藤と同居していたら、最低料金分のハウスキーパー程度には働いていることになるのだろう。
だが遠藤自身、カイジに対する情はあり、また、命ギリギリの場面での勝負強さについては信頼していると言ってもよかったが、こと金に関しては、まったくもって信用していない。
ついでに男二人で同居など、他人から見てどう映るのか……そんなことを思うと、一緒に住むなど遠藤にとってはもっての他だった。
ただ、遠藤がちょくちょく様子を見に行くため、この粗末な部屋で半分同居しているようなものではあったのだが。
「お前、ちったぁ働けよ」
「……うん…」
二人でコタツにあたり、テレビを見ながらという状態で言ったためか、カイジはやる気なさげな生返事を返した。
ここは一つ、姿勢を正して説教するべきなのであろうが、暖房器具はこのコタツしかないため、遠藤はぬくぬくとした温もりを手放したくはない。
まったくコタツという発明は、人をトコトン堕落させやがる……などと、ミカンを剥きながら遠藤は自分に言い訳をする。
カイジのことを思えば、しっかり説教するべきなのだとわかってはいる。むしろカイジの方も背中を押されるのを待っているのかもしれない。
だが、遠藤もあまり強くいえない理由があった。
つい先日……この住処にカイジが住み着いて一ヶ月くらい経った頃、やはり働く様子も見せないカイジに業を煮やした時のことだ。
遠藤は胡坐をかき、カイジは正座で、その頃はまだコタツ布団をかけていない状態の家具調コタツをはさみ、対峙していた。
「光熱費は当面こっちで持ってやるとは言ったが、家賃は取ると言ったはずだ。お前はいつ働くんだっ」
「遠藤さんには、すごく世話になってもらってるし、悪いと思ってるよ……」
視線をそらしつつオドオドと言う様子に、遠藤はさらに苛立ちを感じたが、後ろめたさからくる態度だとわからぬではないので、そこは抑えた。
「だから今出来る範囲で、いくらか単価が高そうな労働で足しにしてもらいたいけど、どうかな……?」
どうかな……?といいつつ、コタツを避けながら、じわじわと四つんばいで遠藤に、にじり寄ってくる。
いや~な予感がした。
「労働ってなんだ?俺は家事全般困ってねぇし、事務所の掃除は従業員の仕事だ。お前、金融屋に来るつもりか?」
「金貸しとか、俺、絶対無理だよ」
言いながらカイジは遠藤に、ずいっと迫る。
遠藤は思わず胡坐を崩し、背後に手をついて身体を反らした。
「お前、ヘンなこと考えてやしねぇよな?」
「……たぶん考えてる。だけど『口だけなら女とおんなじ』って、聞いたときは嫌な気分になったけど、良く考えたら確かにそうなんだよな」
共通の器官という意味では確かにそうだが、その後の行為を考えると、同じと言い切ってしまうのもどうかと思う。
「なんだ、そりゃ?……お前、地下でそっちのほうに……」
「それはない。ってゆーか、いくら男だらけだからって、まいんちまいんち最低限のカロリーで最大限の肉体労働してたんだから、そんな余分なエネルギーとか残ってねぇよ。そういうコト言われたのは、普通にバイトの歓迎会で、王様ゲームやらされたとき」
「で、それを言った男はどうなった?」
カイジは目線をそらし、長い沈黙の後、消え入りそうな声で言う。
「……噛んだ」
どこを……と聞くべきではないだろう。今ですら縮み上がる心地である。
ジーッ……と、遠藤のスラックスの前立てからファスナーを掘り起こし、カイジはそれを引き下げた。
おろした側の心は決まっているようだが、おろされた方は対応に苦慮している最中である。
大事な部分を引き出す前に近づいてきた頭を、遠藤は必死で抑え、体を刷り下げた。
「噛み癖のある犬に、大事な息子を預ける馬鹿がどこにいるっ」
「大丈夫、努力するから」
「努力で片付くか馬鹿っ!大体キスとかもしたことがねぇ童貞の癖にっ」
次の瞬間、遠藤は強烈なヘッドバットを食らった。
いや、ダメージは頭というより、口……血の味が口の中に広がった。
この野郎やる気かと、一瞬頭に血がのぼりかけ、こぶしを構えかけたところで、赤面しながら口元を押さえているカイジと視線がぶつかる。
その目は心なしか潤んでいた。
「……キスなら今……したし……」
「馬鹿っ!今のはキスじゃねぇ、暴力だ。キスっていうのはな……」
やめとけば良かった……やめるべきだったと思うのは、いつも過ぎた後のことである。
大体、押し倒されているような格好がが気に食わなかった。
体勢を入れ替え、カイジを組み敷くようにしながら、顔を寄せ、目を瞑りくちびるを重ねる。
最初は羽根で触れるように微かに、次第に深く……時に乱暴に、時になだめるように、舌先で経験のないカイジを翻弄する。
二人の口内で二人の血の味が混じりあい、遠藤はそれに昂ぶる。
超えるまいと思っていた一線……遠藤はそれを超えた。
「遠藤さん……す……っ……」
カイジがすべて言い終える前、遠藤は再びくちびるで塞ぐ。
口走ったとしても、雰囲気に呑まれた上での戯言……そう思っても聞きたくはなかった。
彼の生業の性質上、言葉の恐ろしさは身に染みてわかっている。
カイジは思いにフタをされたとは思わないかも知れぬ……だがそれでも、言葉で縛られることの方が遠藤は怖かった。
一夜明け、遠藤は何食わぬ顔でカイジを残して出社し、数日あと、何事もなかったようにカイジの様子を見に来て、二人ともそれが夢であったように何事もなく今日まで過ごしている。
ただ、王様ゲームでそんなことがあったやら、自分も手をつけたやらだと、仕事についてあまり強く言いづらい現在である。
ただ、王様ゲームでそんなことがあったやら、自分も手をつけたやらだと、仕事についてあまり強く言いづらい現在である。
テレビはどうでもいいようなバラエティ番組でやかましい。
「遠藤さん……」
「あ?」
「俺も可愛い女の子に『ダーリン』とか言われてみたかったな」
「なんだそりゃ」
カイジはテレビを顎でしゃくった。
見ればタレントなのか素人なのか、男の腕にぶら下がり『ダー』だの『ダーリン』だの惚気てる。
平和だが馬鹿馬鹿しい。
「何だお前、ああいうのが好みか?」
「いや、そんなんじゃねぇけど……」
なんとなく遠藤はイラッとする。
まさか自分にそんなことを言えとは言わんだろうが……どうしたいんだ?こいつ
おそらくは自分がオスであり、強いて言うなら言われるのは自分の方だという、しょうもないプライドである。
「そういうコト言ってくれそうな女の子のいるトコ、行くか?」
「いや別にそういうんじゃなくて」
「そういうな、何事も社会経験だ。連れてってやる。ただ、てめぇが今から稼ぐ金でな」
稼ぐと言っても、例えば夫婦間に置ける特殊な家庭内サービスに対するこづかいであった。
続きをして欲しければ『ダーリン』と甘えてみろと、遠藤がトチ狂ったかどうかはさておき、翌朝「身支度を整えて来い」と、適当なスーツ一着買える金をカイジに渡し、遠藤は出社した。
本当に連れて行こうか考えあぐねつつ帰宅した遠藤を待っていたものは、遠藤の吸う銘柄のタバコ2カートンと、駄菓子。
そして『坂崎さんのところに挨拶に行ってくる』のメモである。
パチンコで増やそうとして負け、坂崎と出くわして一度荷物を置いて遊びに行ったという光景があっさり頭に浮かんだ。
馬鹿かと思いつつ、新しいパッケージを開けて吸うタバコの味はやけに苦かった。
そして、どうせすぐに帰ってくると思っていた彼の犬はなかなか帰って来ず、遠藤は自宅より過ごす時間が増えたこのアパートの部屋で、今日も待ちぼうけである。
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